台北市嘉興街の路地にある「一寿養庵」は、昨年9月にオープンした日本料理店。日本人店主の基礎に忠実ながらも店主の創意工夫が生かされたうどんとそばが楽しめる。
店主の荒井俊匡さんは今年37歳。台湾人の母親と日台ハーフの父親を持つ。ただ、日本で生まれ日本で育った荒井さんには、台湾を特別に意識したことがなかったと言う。しかし27歳の時、望郷の思いを残して亡くなった祖母の代わりに、疎遠になっていた親戚に会いに行こうと思い立ったのをきっかけに、30歳で渡台。中国語を学びながら、親戚との関係を深めていくうちに台湾への想いが強くなったという。
その後、一度日本に戻って台湾茶葉の販売を手がけていたが、東日本震災の影響を受けて会社が倒産。それをきっかけに、いつかは開きたいと思っていた自分のお店を「祖母が帰りたがっていた台湾で開けたら」と思い、台湾での開業を決意したと言う。店名の「一寿養庵」には、父方の祖父が好きだった漢字である「寿」に、「一番」の意味を足し、健康を意識した「養」、そしてお客さんがくつろげる場所「庵」になるようにと言う意味が込められている。
メニューはうどん、丼もの、焼き魚など。うどんやそばにはコンブ、カツオ、サバなどの出汁を一切使っていない。シイタケ出汁に野菜を煮込み、更にそばのかえしを混ぜて、ベジタリアンの人でも食べられる料理に仕上げられている。「日頃から食べ物に気を遣っている」と言う荒井さんの配慮だ。消化も良く、スープを残さず飲んでも身体の負担にならないそう。一部の料理を除いて「とにかく油を使わない」それが荒井さんのモットー。
また、扱うお酒にもこだわりがある。「皆さんタバコもお酒も毒だって言われますが、毒だって摂り過ぎなければ薬だって思うんです」と荒井さん。焼酎とワインが一番のお勧め。そば焼酎は栄養価も高いそう。そのほか、「台湾で使えるものをなるべく生かして、日本料理に近いものを作れれば」と食材は台湾産を多用している。野菜は自ら市場に出掛けて調達してくる。最初は高値を付けられた事もあったが、今では対等な関係が築けていると言う。
しかし、調味料になると台湾では手に入りにくいものもある。日本料理に欠かせない山椒も、台湾では高価になってしまう。そこで中華料理でよく使われる花胡椒で代用している。日本の食材だけではなく、台湾の食材も知り尽くしているからこそできる業だ。お店の経営を巡っては、様々なトラブルに見舞われることも。しかし「困った時には皆に相談すると、力を貸してくださるので」、「一人だったら、お店続いてないです」と、信頼できる仲間たちめぐり合い、問題を一つ一つ解決していると話す。
開業から半年が過ぎ、お客は9割が台湾人。今では地元の人に愛されている。また、金曜日と土曜日には荒井さん自らが打った手打ちそばが食べられる。コシを出すことにこだわり、独特の食感が味わえると言う。今後は胃がもたれることがない健康なスープを、もっと多くの人に知ってもらいたいと荒井さんは語る。台北の路地裏にひっそりとたたずむ空間で、素材の味をじっくりと味わってもらいたい。